開発の人類学―文化接合から翻訳的適応へ
本書は「世界システム論」でいう周辺地域における「開発」に伴なう市場経済の浸透が、地域社会を文化的・政治的・経済的にどのように変容させていくかを著者自信のフィールドワークに基づいて論じたものだ。地域社会がなすすべもなく資本主義・市場経済に呑み込まれていくというのではなく、地域社会に市場経済が浸透するプロセスで、その構成員である各個人が主体的・積極的にこれに適応していく動きに注目する。そして著者は、地域社会のローカルな文化要素が、市場経済に包摂される過程で、その形態を変更させられながらも、完全に消えてしまうのではなく、既存の伝統的価値観を保持しつつ、グローバルな市場経済システムの諸要素を読み換えて自らに取り込んで適応していくのだと考える。この現象を指して著者は、文化接合あるいは「グローカリゼーション」と呼ぶ。
本書は「開発」と地域のローカルな伝統文化をどう折り合わせていくかという大きな課題に重要な示唆を与えてくれる。例えば著者は、市場経済の浸透に伴なって、二次葬送儀礼のような伝統的慣習が以前よりも盛んに行われるようになったことを指摘しているが、この一見逆説的な事例は、市場経済に適応することによって現金収入を得た有力者が、その経済力を地域社会の伝統的ルールにのっとって政治力へと変換しているのだと説明されている。このような具体的な記述は、近代化に伴なう社会変化を考える上でとても参考になる。結果として本書は、近代化論のように地域の文化を単に開発の阻害要因とみなす考えが妥当でないこと、経済発展には経済的要因だけでなく、文化的要因が複雑に絡み合っていることを実証しているように思う。