真夜中のカーボーイ [Blu-ray]
まず言っておきます。このBDソフトは、DTS−HDマスターオーディオと言うBDでこそ規格化された音質をまず楽しむ事をお薦めします。実際、鮮明さと鋭敏さが際立ったクリアな音響になっていますし、巻頭末尾を飾る2つの名曲、ニルソンの「エブリバディ・トーキン」も、トーマス・シールマンスのブルースハープも、より情感を醸し出しています。
その一方で、HDカメラからマスターしたとの触れ込みの画質は、残念ながら、今ひとつの印象です。NYの薄汚れてくすんだ42丁目からフロリダの明るく健康的なマリン・ビーチへ、映画の中で主人公たちの好対照な夢と現実を顕現化させたそのルックのコントラストは、思った程には差異を感じません。とは言え、既存DVD盤よりは、クオリティは間違いなく向上していると思いますが。
映画は、今更言うまでもなくアメリカンニューシネマを代表する傑作ですし、個人的にも、「ひとりぼっちの青春」や「ファイブ・イージー・ピーセス」と並んで忘れられない作品です。
フラッシュバックやカットバックの洪水。目まぐるしく挿入される心象風景や過去、夢、トラウマ、恐怖、不安、そして孤独のイメージショットの数々。
ホモセクシャル、ドラッグ、売春、カウンタ・カルチャーと言った69年当時のNYのアンダーグラウンドな風俗、文化が照射されながら、その底辺でみっともなくも生き続けようとする若者たちの友情。夢破れるも、更に、新たな夢を実現しようとする者たちに容赦なく襲う過酷な現実。
今作が公開されて10年後、進学で初めて訪れた東京の雑踏で、行き倒れ状態の路上生活者をやはり誰も助けようとしない、と言うより気にも留めずに歩く風景に遭遇し、ジョン・ヴォイドそのままに、これが大都会共通の感覚なのかと感じた事を思い出します。
X指定でありながら、その年のアカデミー最優秀作品賞を受賞した事でも知られていますが、主演のダスティン・ホフマンもジョン・ヴォイドも、彼らの輝かしいキャリアの中でも屈指の名演であるにも拘わらず、主演男優賞を獲ったのは、ジョン・ウエイン。古き良き保守的なハリウッド、強く正義感溢れるアメリカを体現してきた彼が、“老カウボーイ”役(コーエン兄弟が昨年リメイクした「勇気ある追跡」)で受賞したの言うのが何とも皮肉ですね。
真夜中のカーボーイ [DVD]
二人の主人公はひたすら格好悪い。ここまで格好悪くしないでもと思ってしまうくらいに惨めな二人だ。
濃密にストーリーが展開するわけではない。二人の行動も空回りするなら、ストーリーも空回りさせている。
それが言い知れぬ虚しさと悲しみを呼び起こす。
真夜中のカーボーイ (2枚組特別編) [DVD]
この邦題は公開当時、新聞などでも多少問題になりました。「カーボーイ」ではなく「カウボーイ」が正しくのではないか、と。配給会社では「カーボーイ」とすることで新味を出したかったという意図的な邦題で、私はすこしでもこの地味な名作を売ろうとした映画会社の熱意と理解したい。気がつかないで流通している「間違い」――「時計じかけのオレンジ」を「時計仕掛けのオレンジ」と表記するのとは訳が違うと思います。したがって、下記の評者の採点には意義申し立てをしたい。
また「ベニスに死す」で知られている名作小説を新訳で「ヴェネチアに死す」にして良いものでしょうかね。そこまでやるなら、小津の「東京物語」を「トキオ・ストーリー」にしてデジタル・りマスターで再公開したらいいのに。
それよりも、「博士の異常な愛情」という邦題、マジなんでしょうか? 「ストレンジラブ博士」の直訳なのか、ギャグなのか、どなたか教えてください。
真夜中のカーボーイ [DVD]
1969年のアメリカでは、テキサスの田舎者がニューヨークのような大都会に出てきて、己の性的魅力というか男根陰茎動力だけで生活できるというドンキホーテ的な妄想がリアルに息づいていた。ともいえる。そういう思わず笑ってしまうように楽しいような、しかしどうにも物悲しいような、もはや遠い目でしか眺めることのできない、懐かしい映画である。
NYの冬は猛烈に寒い。そのNYで売春婦に事後に20ドル要求して唖然とされたジョン・ボイトが、避暑地のマイアミに逃れてそれを許す婦人に出会えたことは、自由を愛する青年と合衆国にとっての大いなる喜びであったが、その時遅くかの時速く、心友ダスティン・ホフマンは乗りあいバスの中で帰らぬ人となってしまった。
当初水と油のような関係と思われた2人の青年を死線を越えて結んだ絆の中身はいったい何だったのだろう。その、地上ではなかなかに得難い稀少な友愛を、うざったいとも、まぶしいとも思えてくる名匠シュレシンジャー心尽くしのラストは、人類史上稀有な暑い夏への挽歌でもあったのでしょうか。