猫 (中公文庫)
“猫”という個性的かつ魅力的な小動物に、次第に惹かれていく人たち。飼い猫や子猫の仕草や、彼らとの交流をひょいと書き留めてみた、そんなエッセイのいくつかに味のあるものがあり、なかなかに楽しめた一冊でした。
1955年(昭和二十九年)に刊行された『猫』(中央公論社)を底本とし、クラフト・エヴィング商會の創作とデザインを加えて再編集した猫―クラフト・エヴィング商会プレゼンツを文庫化したもの。
<ぶしよつたく坐つてゐるやうな感じであつた。>p.53、<机の下からそつと私の足にじやれるのを>p.137 といったふうに、原文のまま掲載されているのも雰囲気があって、好ましかったです。
収録された文章、エッセイは、次のとおり。
「はじめに」・・・・・・クラフト・エヴィング商會
「お軽はらきり」・・・・・・有馬頼義(ありま よりちか。小説家)
「みつちやん」・・・・・・猪熊弦一郎(いのくま げんいちろう。洋画家)
「庭前」・・・・・・井伏鱒二(いぶせ ますじ。小説家)
「「隅の隠居」の話」「猫騒動」・・・・・・大佛次郎(おさらぎ じろう。小説家、劇作家)
「仔猫の太平洋横断」・・・・・・尾高京子(おだか きょうこ。翻訳家)
「猫に仕えるの記」「猫族の紳士淑女」・・・・・・坂西志保(さかにし しほ。評論家)
「小猫」・・・・・・瀧井孝作(たきい こうさく。小説家、俳人)
「ねこ」「猫 マイペット」「客ぎらひ」・・・・・・谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう。小説家)
「木かげ」「猫と母性愛」・・・・・・壺井榮(つぼい さかえ。小説家)
「猫」「子猫」・・・・・・寺田寅彦(てらだ とらひこ。物理学者、随筆家)
「どら猫観察記」「猫の島」・・・・・・柳田國男(やなぎた くにお。詩人、民俗学者)
「忘れもの、探しもの」・・・・・・クラフト・エヴィング商會
なかでも、有馬頼義、坂西志保の文章に、格別の妙味を感じましたね。行間に見え隠れし、自然、にじみ出してくる書き手の“猫”への愛情。それが、とてもよかった。
“猫”を見つめる寺田寅彦の観察力と、含蓄をたたえた文章も印象に残ります。
猫のいる日々 (徳間文庫)
大仏次郎は今では忘れ去られた作家なのかもしれないが、「鞍馬天狗」や「赤穂浪士」で一世を風靡した流行作家だった。
猫好きでも有名で、猫を題材にした随筆を数多く書き残し、これはそれをまとめたものである。他にも猫にまつわる短編小説1つ、童話が4つ含まれている。
随筆はどれも猫を上品に愛情こまやかに描いて申し分ないが、短編小説も意外とよかった。太平洋戦争の終戦前後の模様が庶民レベルではどうだったのかこの大家の手によって残されていた。
猫好きなら一度は読んでおきたい本。
悪人(上) (朝日文庫)
’07年、「週刊文春ミステリーベスト10」国内部門第8位、「このミステリーがすごい!」国内編第17位にランクインした芥川賞作家・吉田修一の問題作。
2002年1月6日、長崎市郊外に住む若い土木作業員の清水祐一が、福岡市内に暮らす短大卒21才の保険外交員の石橋佳乃を絞殺し、その死体を遺棄した容疑で長崎県警に逮捕された。この記述からこの小説は始まる。いったいふたりの間に何があったのか、何が問題だったのか。
物語は時間をさかのぼり、鳥瞰的な視点で始まる。被害者と加害者、それぞれの家族や友人、会社の同僚や出会い系サイトとで知り合った男たちや風俗店の女と、さまざまな人物に次々とズームインし、彼らの口を借りてドキュメンタリーのように、重層的に事件の背景が語られ、全体像を立体的に見せてゆく。
不器用で己れの感情すらうまく人に伝えられない男がなぜ殺人を犯す<悪人>になったのか。嘘で糊塗することで己れを繕ってきた女はなぜ殺されなければならなかったのか。さまざまな登場人物の肉声の中に、その答えがあるのだろうか。私は物語の後半で祐一と一緒に逃避行する馬込光代の姿に素直に感動した。<幸せ>とは何か。<悪人>とは何か。
本書は、吉田修一が抜群のストーリーテラーぶりを発揮した、読むものの魂を揺さぶる会心作である。
赤穂浪士〈上〉 (新潮文庫)
「忠臣蔵」は日本人ならどなたもご存知の物語ですが、TVドラマ、映画でしか味わっていない方も多いのではないでしょうか。本書は、忠臣蔵を描いた小説の決定版であり、NHK大河ドラマの2作目の原作でもあります。東京オリンピックに向かう日本の高度成長時代、NHK大河ドラマは今とは比較にならないほど国民的娯楽でありました。原作は今や古典の趣もあり、なかなか手が出にくかったのですが、読み始めるとこれが物凄く面白く感激致しました。「忠臣蔵」はクライマックスの討ち入りが印象に強いのですが、そこに至る伏線が幾重にも重なりあい、期待感が高まってゆきます。赤穂の主君切腹、お取り潰しの沙汰が、市井の人々を刺激し同情と敵討ちやるべしの世論が盛り上がります。逆にそれが邪魔にもなるし、その世論を背景に大博打を企てる赤穂藩士たちの様子と吉良側に雇われた女盗賊、浪人、怪盗等とのせめぎあいが実にスリリング。かなりの分量ですが、読み出すと時間の経つのも忘れて読み進めてしまうほどでした。読書のお好きな方にはお勧めな名作時代劇です。
コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来 (ちくま新書)
コミュニティやつながりは強要されるものではなく、在るもの。べたべたした蜘蛛の巣であってはならない。
「神社・寺」などの宗教施設は「あちらの世界」「死者の世界」との接点であり、
「学校」は、新しい知識という外の世界との接点であり、
「商店街」は、交易の中心としての他の共同体との接点であり、
「自然」は文字通り、人間にとっての「外の世界」との接点である。
「福祉・医療関連施設」は病や障害という非日常との接点である。
と、分析すると途端にコミュニティというものが七面倒臭いものになってしまう。
それがコミュニティの難点だ。