ドッグテールズ
長編小説を読むよりも短編集のほうがよほど集中力が要ると個人的には感じている。作品が変わるたびに、登場人物や状況設定をリセットしなければならないからだ。その割りには読んだすぐから忘れていってしまうような薄い内容のものも多くて、最近は短編集を手に取ることが少なくなった。
犬が登場する作品集ということだったので短編集だが読んでみた。5編収録されているが時間を忘れて読んだ。どれもみな骨太で素晴らしい小説だった。「グッドバイ」「バックパッカー」の登場人物が放った「飼い主が犬を選ぶんじゃない、犬が飼い主を決めて生まれてくるんだ」というセリフが胸を突いた。ことに浄化と再生を描いた「グッドバイ」「バックパッカー」「向かい風」がよかった。
死に別れた犬、放浪の旅の途中で出会った犬、老いた猟師のために命を賭す猟犬、野犬のリーダーとして追われるオオカミ犬、災害救助犬。登場する犬や人はさまざまだが、5編が織り成すそれぞれの生きざまを読んでいるうちに心のなかに温かいものが湧き上がってくるのを感じた。良本です。
狼は瞑らない (ハルキ文庫)
物語は雪山を舞台に男達の戦いを描いた作品。主人公が狙われているのは、汚職に染まっている現総理の過去を知りすぎたためで、そのため命を狙われることに。次々に悪天候の雪山で危機があり、興奮のラストまで一気に読み進みます。迫力もあり、スピード感もある作品ではありますが、山中の様子は詳しいものの、銃撃戦がアッサリ描かれていた欠点はありますが、主人公の過去と見えない敵との戦いには興奮と感動が味わえます。約450ページの分厚い作品でしたが、一気に読み終える程の面白さがあります。
約束の地
「力作」というのが一番ふさわしい感想でしょうか。
環境省のキャリア官僚として南アルプス山麓の関連施設に赴任してきた主人公がその地で出会う人々と自然、そして動物たち。
一見、悠久の時の中で不変とも見える自然の裏で音もなく浮上する破滅の予感。
地元猟師たちに語り継がれる巨グマ”稲妻”を追う主人公たちの前に更なる「荒ぶる神」が襲いかかる。
人が山を狂わせ、そのしっぺ返しを喰らう状況の中で人と野生動物、そして自然との共生を模索する主人公たちが直面したものとは?
主人公をキャリア官僚候補とすることで、まず問題点とそれを取り巻く状況を客観的に描くことに成功しており、読み手にも事の複雑さが伝わってきます。
絶滅が危惧される動物がいる一方で動物たちによる農作物被害も深刻化し「駆除」名目での狩猟すら自由にできなくなった狩猟者たちの不満も高まってゆきます。
その根底には温暖化による気候変動の影響、植林政策の失敗による山林の荒廃、無計画な開発や廃棄物による土壌汚染の影響が見え隠れします。
これだけで十分な内容だと思うのだが過去に起きた惨劇に起因する殺人事件を巡るミステリーや主人公のひとり娘が学校で受ける苛めの問題も絡んできます。
普通に考えれば詰め込み過ぎで消化不良になりそうなものなのだがきちんと着地させている辺りはお見事。
あとがきでも書かれているように長期にわたる綿密な取材と語るべき内容をしっかりと見定めてぶれていないからでしょうね。
ですからボリュームはありますが読みにくくはありませんし、かといって薄っぺらな物語では終わっておらず、実際読んでいる内にいろいろと考えさせられます。
最大の読みどころは荒ぶる神として「人食い」となった巨大なケモノとの対決なのだが、ここはやはり「もののけ姫」を連想させますね。
巨大な山の主を病に罹らせて正気を狂わせて人里へと向かわせたのもやはり人間が原因なのだ。
失われた仲間の命や人間の業を背負った上で愛犬と二人、この獣に対峙する覚悟を決めた主人公が森の奥深くで迫りくる巨大な獣に銃口を向けるクライマックスは鬼気迫るものがあります。
決して派手な作品ではありませんが良質なエンターティメントとしては正に「鉄板」。
おススメです。
小説ルパン三世 (双葉文庫)
6年前に出版された『小説ルパン三世』の文庫本です。
久しぶりに読みましたが『こち亀』の小説版同様、大沢在昌氏を始めとする錚々たる執筆陣によって描かれた『ルパン三世』はまた一味違う味わい深い作品となっており面白かったです。
『十年金庫は破れるか』の錠太郎が登場した挿話はかなりお気に入りです。